Frog in a White Coat.

アニメと数学、それと勉強。

【考察】脳についての考察。思考や想像のとき人の脳で行われる仕組みについて。

f:id:DrLS:20201227170801p:plain
には4つの領域があり、それぞれ「知覚領域」「知識・記憶領域」「思考領域」「確認領域」がある。

①十分に反復された情報は知覚領域から知識・記憶領域に移動する。

②思考領域は知識・記憶領域にある情報を材料とする。

③確認領域は知識・記憶領域に問い合わせ信号を送りエラー訂正をする。

注釈、①②③とあるがこの順番はでたらめ。

まず、人が何かを知覚したとき、その情報は「知覚領域」に送られる。次に「確認領域」が作動して、「知識・記憶領域」に問い合わせ信号を送る。問い合わせ信号によって、その情報が既知の情報(知識・記憶領域にある情報)であるならば、人はYesと答える。

「思考領域」は人が考えたり想像したりする領域である。原則として思考領域で考えることのできるものは、知識・記憶領域の情報を材料としなければならない。知識・記憶領域に存在しない情報は、考えることすらできない。

具体例でいうと、リンゴの絵を描く時を一連の流れで追ってみる。

リンゴの絵を描く時、それが目の前にあったとしても、その情報の信号はまずは知覚領域に送られる。知覚領域が動作したあと、確認領域が作動する。確認領域は知識・記憶領域に問い合わせ信号を送り、得た情報(この場合はリンゴ)があるかどうか確かめる。ここで「リンゴの絵を描いたことのある記憶」があるならその過去の経験をもとに絵は描かれる。ないときは、もっとも単純な図形、三角や丸や四角、直線などを組み合わせてリンゴを描こうとする。

リンゴが目の前にあるのに、見たとおりに描けないのはこういう理屈である。

 

情報が知覚領域に送られたとき知覚領域が反応する、この時の反応は「感情」と呼ばれる。感情とは、知覚領域が反応したものである。

怖い画像をみたときや面白い画像をみたときそれぞれの情報は知覚領域に送られ、感情として反応する。

 

思考するときや想像するときは、思考領域で行われる。この時の情報材料は知識・記憶領域に存在する情報である必要がある。

また、思考領域で行われる動作は、知識・記憶領域の情報のあらゆる組み合わせの数だけ存在するため、人は思考を無限大あると錯覚する。

人が眠っているときに見る夢は、思考領域が動作したものである。ゆえに、時間や場所を無視したありえない状況を適当に組み合わせたものが見せられる。

また、知識・記憶領域に成る情報は知覚領域にあった情報のみであり、思考領域で見せられた夢は記憶に残らない。

 

知覚領域に入った情報はある条件のもとで知識・記憶領域に移動する。この条件とは、時間と反復回数である。時間について詳しくみると、何かに対面した時間であるが、このとき連続したものでなく、動画のように1秒間に何枚の画像が流れ、それを見たかで考えることができるので、時間の単位は反復回数と同じものになる。

反復回数が一定以上を超えた情報は知識・記憶領域に移動する。

 

未知のものをみたとき、知覚領域が反応して感情をおぼえ、確認領域が作動して、情報の問い合わせをする。ここで未知であるから確認領域は知識・記憶領域からNOの信号を受けとる。

 

何か思い出そうとするとき、思考領域が動作する。たとえば、何か事件があり自分が犯人を目撃したという状況で、犯人を思い出そうとするとき、思考領域では知識・記憶領域を情報材料として再構築するので、ありのままの犯人像にはならない。

 

既知のものをみたとき、知覚領域にはいった情報は次に確認領域に動作して問い合わせ信号を送る。確認領域は知識・記憶領域からYesの信号を受け取り、またここで知覚領域が反応して新しい感情を覚える。

 

知覚領域にあった情報が知識・記憶領域になるので、知識・記憶領域にある情報はある程度感情とセットで置いてある。もっとも、感情は知覚領域が反応したものにすぎないので全部というわけではない。

 

理性と感情。人が理性と呼ぶものは思考領域が動作したものである。人が感情と呼ぶものは知覚領域が反応したものである。確認領域は理性の外側にあるものである。脳における管制塔であり、本能に近いものである。

 

全ての領域は同じ細胞でできており、それぞれの領域に明確に線引きはできない。また、それぞれの領域がある領域の役割を担うこともできる。知覚領域と知識・記憶領域は繋がっていて、思考領域と確認領域は繋がっていて、確認領域と知覚領域は繋がっている。ただ一つ、知覚領域と思考領域は繋がっていない。この2つは、感情と理性を担う領域であり、人が感情と理性と別に考えるのは自然なことと思う。

 

以上が、脳についての考察である。この考察は脳を解剖してもわからないもので、生きたまま思考を客観的に考察しないとでてこない。私としては人工知能の開発にこの脳の仕組みを応用すればと期待している。

注釈として知識・記憶領域をまとめて知的インデックスと呼ぶこともある。

 

以下に書き記すのは、この脳についての考察をはじめて思いついたときの走り書きである。

(図、最初に載せた図のようなもの)

  人間が知覚したものはまず「知覚領域」に送られる。この領域はただ五感で物を知覚するためだけにあり、記憶とは無関係、「情報」はすぐに「蒸発」する。人の想像・思考は「思考領域」によって行われる。「思考領域」は原則として「記憶領域/知識領域」を「材料」として「思考領域」で再構築する。ゆえに「目の前の物をありのままに描いたり」「思い出そう」とするとき、「記憶・知識領域」に材料がないとうまくできない。「確認領域」とは「思考領域」で思考・想像されたものに誤りがないか一定の周期で信号を送るもの。たとえば、私がこの日本語を書く時、誤りがないか問い合わせすることで正しい文章を書くことができる。「知識・記憶領域」に”なる”情報は「知覚領域」にあった情報である。人は如何に効率的に「知覚領域」の情報を「記憶・知識領域」に送るのかが重要。方法は「回数と反復」である。

 

以上が、一番はじめの考察である。後になって感情と理性を担う領域にきづいた。またこの仕組みだと言語が違うと思考領域の材料も異なるので言語によって思考は異なることもわかる。人が眠たくなると確認領域の活動が鈍くなるので考えたり、思い出そうとすることができなくなる。(確認領域が先に活動限界になって人は眠たくなるのか)

 

個人的に残念だったことはこれで人の思考について全て論理的に説明できてしまうこと。並行世界の考えが介入する余地がなくなったことが残念である。